思わず眠くなる暖かい季節がやって来たかと思ってたら、気づけばひと月ほどしか経っていないにもかかわらず、今度は初夏のきつい日差しが照りつけるようになったことに吉羅はふと気づき、仕事場である理事長室から空を見上げる。
そして、次に自分の手元にあるスケジュール帳をめくった。

そういえば、世間ではゴールデンウィークのため、海外に行く人々やら観光地についての話題などで騒がしくなっている。
しかし、彼は世の中の土日祝日が必ず休暇、などという規則正しい仕事ではないため、およそ関係のない話ではあった。

とはいえ、自分はともかく、今多分最も気にかけている人物は学生なので、同じ学院に通う身でも吉羅とは違い、通常通り連休なのだろう。
そうなると、彼女は休みの間に他の人物と会うこともあるかもしれない。
一応それなりに気に入っている人物なので、自分の目が届かないところで、あの警戒心の薄い態度で他の相手といるのを想像すると、面白くはなかった。


「さて、どうしたものか・・・」

そう呟くと、もう一度スケジュール帳をしばし見つめ思案した後、彼は目的の人物に会うため、仕事を一旦中断して理事長室を出て行った。






新緑の休日に






その頃、香穂子は思わず眠くなるような暖かさも手伝い、放課後の森の広場で練習後の休憩をしていた。
日向では少々日差しがきつくて目を細めてしまうが、木々の下では新緑の緑を通した木漏れ日がちょうどいい明るさになるのだ。

「気持ちいいな〜・・・」

まさにここで過ごす時間は、最近の練習後の香穂子にとっての癒しのひとときになっている。
それはもうすぐ訪れるゴールデンウィークでも、練習のために学院を訪れるであろう彼女にとっては、多分変わらないことだろう。

そこまで考えて、ふと香穂子はこの1年間に奇妙な縁で結びつき、しばしば休日に外出の誘いを受けて過ごしてきた多忙な人物を思い出す。

「・・・そういえば、理事長ってこの連休もきっと仕事・・・だよね?」

思えば、リリいわく自分の誕生日で正月の3が日でも仕事をしている彼だから、その可能性は高い。
自分にも体調管理のことで、よく忠告する人であるため大丈夫だとは思うが、それでも仕事があれば休みをなかなか取らないのも知ってるだけに、やはり心配ではある。

とはいえ、気軽に休日にどこかに行こうと誘えるような相手でもなく、休んで欲しいがそれを伝えたところで、分かってると言われてしまいそうでーー
彼のためにできることが思いつかない自分がもどかしい。

そんなふうに悩み始めてしまった彼女は、こちらへ近づいてくる人物の存在に気がつかなかった。


「休憩かね?日野君」

「あ・・・はい、そうです。理事長も休憩中ですか?」

「まあ、そんなところだね」

まさに今、考えていた相手が目の前に現れるとは思わなかった香穂子は驚き、一瞬反応が遅れる。
しかし、聞きたいことがあってちょうどいい所に来てくれたのだから、とすぐに気を取り直して吉羅に問いかけた。

「そうだ。あの、理事長って来週の連休もやっぱりお仕事ですか?」

「ああ、そうだね。全く、私には関係のない話だよ」

「そう・・・ですよね・・・」


予想通りなので驚きはしなかったものの、やはりこんな時でも休日がない吉羅に香穂子は心配になってしまう。
一緒に出かけたい、などとは言わないが、せめて1日だけでも休んで欲しいと思うのは、わがままなのだろうか。

「だが、私も日頃から君に体調には気を遣うようにとよく言っているし、あまり仕事漬けでも示しがつかないからね。
一日くらいなら都合をつけられそうだったから、君でも誘ってどこかに行こうかとここに来たのだよ。君の都合はどうかね?」

「は、はい。私はいつでも、大丈夫です」

「それは良かった。なら、連休の初日に付き合ってもらっても構わないかな」

「はい。お誘い、喜んでお受けします」

「結構。当日の朝9時に君の家へ迎えに行くから、支度を済ませて待っているように」

「わかりました。楽しみにしていますね」

「ああ。ではそろそろ私は失礼するが、練習に励みたまえ、日野君」

「はい、ありがとうございます」


吉羅の後ろ姿を見送った後、香穂子は座っていた場所の後ろにある木にもたれかかる。
まさかこの休日の誘いを、彼にされるなんて予想もしていなかっただけに、嬉しくて仕方がない。

頬が熱くなるのを自覚しながらも、これはこの陽気にうかされたからだと香穂子は自分に言い聞かせるが、ヴァイオリンの練習以外予定のない休日が一気に楽しみになったのは言うまでもなかった。


そして、その約束をした当日。
香穂子はラフな格好でいい、と伝えられていたために、身軽ながらも一応気合を入れた服装に着替えて、ドキドキしながら相手を待っていた。

これまでにも何度か出かけてはいたが、こういった連休に会うのは初めてだ。
自然と気合も入らずにはいられない。

そんなことを考えていると、待ち人が現れた。
いつもの車を玄関前に横付けて降りてくる。
吉羅も、今日はラフなVネックのシャツとサングラスという、いつものかっちりしたファッションと大分印象は違う服装だがーー
颯爽と車から降りてくる姿は、やはり文句のつけようがないほどカッコよかった。

「待たせてしまったかね?」

「いえ、そんなに長く待ってはないですし、今日はお天気がいいから大丈夫ですよ」

「ならば良かった。とはいえ、この分では早く出発しなければ渋滞に巻き込まれてしまうからね。車に乗りたまえ」

「はい!」


そう言うと、すかさずエスコートしてくれる吉羅に手を取られ、香穂子はとても華やいだ気分でいつもの助手席へと乗り込んだ。


「さて、出発したはいいが、どこに行くか・・・。
君は海か山かと言われればどちらに行きたいかね?」

「そうですね・・・。海もいいですけどよく見てますから、今日は山に行きたいです」

「なるほど。なら、この時期は高原なんていいかもしれないな。それでいいかね」

「はい!きっと風が気持ちいいと思いますし、連れて行ってもらいたいです」

「そうだね、楽しみにしているといい。では、急いで向かうか」

隣に座る彼女の素直な笑顔に、吉羅もつられて微笑むと、目的地に向けハンドルをきった。


「うーん、気持ちいい〜!」

着いてすぐ、香穂子はその街中とは違う清浄な空気を大きく吸い込み、吹き抜ける爽やかな風と柔らかな光に目を細める。

「ホント気持ちがいいですね。森の広場も好きだけど、やっぱり広々としてるせいか、もっと空気が綺麗な気がします。
木もくつろいでるみたい」

「そうだね・・・私達以外の人々もくつろいでいるようだ。確かに、悪くない」

「ええ、来れてすごく嬉しいです」

「気に入ってもらえたなら何よりだ。さて、これからどうするかね?」

「ホントに天気がいいから、散策もしたいですけど、時間はまだありますから少しどこかに座りませんか?」

「私は構わないよ。なら、あの木の下で日差しをよけようか。
あまり日の下にずっといると、肌が焼けすぎて痛くなるからね」

「はい、そうしましょうか」

目に付いた木々が集まる場所へと移動して、二人は座って丘の上からの街並みを見下ろす。

「そういえば、吉羅さんとはよく夜の街をこうして一緒に見てますけど、青空の下で遠くから街を見るのも素敵ですね」

「ああ。見晴らしが良くて、広いから圧迫感もなく、昼間でも日常の喧騒から離れられるのは、なかなか良いものだな。
君の選択のおかげかもしれないね」

そう柔らかい表情で伝えてくる吉羅を見て、香穂子は胸を撫で下ろす。

「気分転換になったなら、本当によかったです。
実を言うと、この間誘ってもらった時、吉羅さんに休んでもらえないかって思ってたから・・・」

「日野君・・・ひょっとして君は、私を心配してくれてたのかね?」

「はい。もちろん吉羅さんは、体調管理をきちんとしてらっしゃるとは思いますけど、やっぱり気になっちゃって・・・
いつも私の行きたいところに連れて行ってくださいますから、せめて今日くらいは好きなようにしていいですからね」

ふわりと浮かんだ、日だまりのような彼女の暖かい微笑を見て、癒されるのを感じながら、吉羅は同じようにふっと笑顔を浮かべた。

「そうか・・・なら、一つ私にご褒美をもらえないかな?お嬢さん」

この時々彼が使うお嬢さん、という呼び方が照れくさくて香穂子は得意ではない。
だが、とても珍しくくつろいだ様子の吉羅に、今日ばかりは許してあげようと彼のお願いを聞くことにする。

「いいですよ。何をしたらいいですか?」

香穂子がそう言うと、吉羅は返事も聞かずに、いきなり寝転がり、そのまま彼女の膝に頭を乗せてきた。

「吉羅さんっ?!こ、これはどういう・・・?」

「私に休んでて欲しいのだろう?
それなら、これが一番手っ取り早い。君が迷子になることもないしね」

「え〜?!私、迷子になんかなりませんよ!」

「だが、人も多く来てるし、離れるのは得策じゃないよ。
君は無防備だからこの方が私は落ち着けるし、君といたいから誘ったのだがね・・・お気に召さないかな?」

そんなことをこの体勢で言われてしまったら、断れるわけがない。だから、ずるいと言うのだ。
しかし、仮にも好きな相手にそんな風にねだられたら嬉しくないはずはないわけで・・・
恥ずかしくて仕方ないものの、膝にかかる重みに結局香穂子は折れた。

「・・・わかりました。今日だけ特別ですよ」

「ああ、ありがとう。この借りは、いずれ必ず返すと約束するよ」

「絶対ですからね」

そう強気に告げながらも、そっと撫でた彼の髪の柔らかさに彼女は頬を緩めてしまう。
意地を張っていても、その珍しく大人な彼が甘えてくれてるような感覚に、香穂子は幸せを噛み締めながら、やがてしばしの眠りに落ちていた。


「日野君?・・・寝てしまったか」

自分の髪を撫でるその華奢な手の心地よい感覚に、目を細めているうちに眠ってしまったらしい彼女に、吉羅はそっと苦笑した。

「にしても・・・私こそ、君のことが心配だというのに・・・この状況で寝るとは呑気なものだ」

彼女の素直さは美徳だし、そこを気に入っているわけだが・・・・・
しかし、一方でその純真さが自分を不安にさせる時も、ある。

「君は本当に無防備だからね・・・。
願わくば、膝を貸すのも寝顔を見せるのも、車の助手席に乗るのも・・・・・・私相手にだけであって欲しいが」

そう呟くと、吉羅は手を伸ばし、香穂子のさらりと風になびく長い髪を指に絡め・・・・・・そっと口付けた。

彼女に抱く想いに気づいたきっかけは、本当にごくささいなものだった。
ある時、いつものように運良くできた休日を共に過ごさないかと香穂子を誘ったが、その時はたまたま彼女に先約があり、断られた。

いつだって自分の都合と香穂子の都合が合うわけではないのは当然だし、彼女が他の男と出かけてようが、自分にはそれをどうこう言う理由もないはずなのにーー
何となく面白くはなかった。

そうして休日が終わり、平日、誰より先に会いたかったのは、香穂子だった。
そうやって、彼女のいつもの屈託ない笑顔を見た時・・・・・・
わけの分からなかったはずの自分の感情が、すとん、と府に落ちてしまった。

ああ、自分はーーこの少女が好きなのだ、と。

「よく私を余裕たっぷりだと君は言うが・・・余裕なんて、私にはちっとも無いんだよ」

そう、むしろ自分よりも彼女に近しい人間は大勢いる。
理事長と生徒という関係のために、想いをはっきりと告げることはまだできない自分は、不利かもしれないのだ。
だからこそ、先日香穂子と食事に行った時も、余所で遊ばないで、エスコートは自分に任せるように、とさりげなく釘を刺したのである。

若い彼女が、余計な誘惑に捕らわれて離れていかないように。

さりげなく牽制するというのも、なかなか大変なのだ。

「まあ、逃がすつもりは毛頭ないがね・・・・・・覚悟をしておきたまえ。・・・香穂子」

だが、一度自身の感情を自覚してしまった以上、手放すつもりはない吉羅は、不敵な笑みを浮かべて愛しい少女の無邪気な寝顔をただ楽しそうに見つめた。

ーーそんな2人の淡い恋心のように、爽やかな風と瑞々しい新緑の葉擦れの音だけが、静かな高原に響いていた。



あとがき☆
はい、そんなこんなで今回は、GWに出かける2人の妄想が膨らんだので、ちょっと甘め?な吉日をお届けです!
連休の時でも理事長は関係なく仕事でしょうから、そんな仕事人間な彼が香穂ちゃんは心配なわけですよ(笑)

そして、最近は理事長もイベントとかで結構甘かったり、独占欲感じるセリフを言うようになったこともありまして、今回理事長に独白とはいえ香穂ちゃんに異性として好意を抱いてることを書いてみました。
や、でもアンコールで恋愛EDあるくらいですから、実際異性として香穂ちゃんのこと見てますよね?

学院祭2の愛のメッセージのあのセリフも、珍しく独占欲感じられて非常に萌えましたので、ちょっと取り入れてみました☆

ちなみに、私はあまりキスシーンとか入れないほうなのですよね、髪とか手でも。
あくまで私的には、キスって軽々しくするものじゃない気がするので・・・まして付き合っていないなら尚更に
ところがそんな私が吉日の作品では入れるのは、まああの人は甘い言葉なんてなかなか言わないですからね〜
これくらいはしないと、甘くならないのですよ(苦笑)

けれどその甲斐あって、これは結構甘くなったのではないかと!(なってるとイイな〜)

何であれ、理事長らしさが出せてファンのかたに楽しんでいただければ幸いです♪

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